中教審大学分科会「高等教育のあり方」について考察

中教審大学分科会「高等教育のあり方」について考察

こんにちは、きっかわです。この記事では令和3年1月13日に開催された中教審の内容について紹介します。

https://www.mext.go.jp/kaigisiryo/mext_00164.html

中教審大学分科会の内容です。会議一つ行うために、公務員の事務方はこれだけの資料を準備する必要があります。大学事務職員を目指される方、この資料作成の仕事に耐えられそうか否かが「適性」となりますので、この記事をご覧になりながら、ご一考ください。

さて、膨大な資料ではありますが、今回注目したいのは、資料3−1−2「教育と研究を両輪とする高等教育の在り方について」です。

大学教員の意識の変わり方、大学の組織マネジメントといった内容が記載されています。

P10あたりには事務職員にとって悲しい言葉が並んでいますね。

「事務職員に管理運営に係る業務と権限を集約・移譲することなどが必要であるが、それらの業務を担う人材が十分に育っていないこと、あるいは教員が関与しないことへの不安などから、教員側が、自身の業務量が増えているにもかかわらず、当該業務を手放す子とに対して抵抗感を持っているのではないか」

「事務職員は事務のみを行うという意識がいまだに根強く残っている大学の文化を変えていく事が課題である」

だそうです。胸が痛い。確かにぶら下がりで毎日を過ごす職員もいますからね。二極化は感じます。でもどこの組織にでもある光景だと思うんですが…公金が投入されていると目が厳しくなりますね。

ところで、DXやらニューノーマルやらの言葉が目立ちますが、新型コロナが流行することによってのみ、DXを推進できないという業界の弱さを露呈してますよね。

いつも「あり方の検討」ばかりです。「各大学で事情が違うので各論は述べられない」という逃げばかりです。中教審は自大学の道筋を示してくれません。私はそれでいいと思っているのですが、ベテラン職員はお上の方針を口を開けて待っています。何か補助金などの案内が出れば、鵜呑みにして申請要領に合致するような組織変更をします。そして迷走します。

大学という場所は、教員が研究と教育に力を発揮できて、学生が悩まず毎日やりたいことやれる場であり続けることで、価値があります。事務の仕事は価値の維持です。老朽化、劣化、業界や社会の進化、それぞれに対応するための環境整備が事務の役割です。「高度に専門化」だとか「企画ができる事務」だとか、そんなものはおまけです。得意な人がやればいいのです。

滞りなく事を進める、というと「無難な仕事」とも思われがちですが、「滞り」を未然に防ぐことも立派な仕事です。いきあたりばったりが許されるのは20代までです。30代はリスクヘッジを常にしていくことが重要です。「きっかわさん、安定志向ですね」と言われることもあります。でも気にしません。無事これ名馬です。何事もなく毎日を終わらせる事が仕事なのです。仕事に悩む方も、「自分は何もできない」とか思わなくていいんです。私も何もしていません。「何も起こらない毎日」を維持しているのです。すごい事です。

適性の話に戻りますが、価値の維持がつまらないと思う人は、事務職員には向いていないと思います。周りと考え方が合わなくて、働いていてもつまらないと思います。私は突飛なアイデアを持つ人が好きですが、同じ職場に出会える可能性は低いと思うので…。

まとめますと、中教審の内容は「そんな仕事場、組織なら素敵だね」「そんな職員いたらいいね」という気持ちで読むくらいの心持ちで良いと思います。自大学の立ち位置を知るためにも、中央の情報は積極的に追っていきましょう。

ただ、自分の働き方を強引に変えることはせず、自分が得意と思える仕事をして、自大学の価値の維持をしていきましょう。そして、変わりにくい大学業界ですが、新型コロナを機に進むらしいDXを活用して、便利な働き方を導入して、私たちの手で大学業界をアップデートしていきましょう。

それでは今日はこの辺で。ではまた。

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